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第3号 2008.08.16

1.ヴォイストレーニングのやり方の違いでの混乱

 ヴォイストレーニングの位置づけそのものが、人によってまったく違います。
それぞれの人の求める目的も違います。行なう人の要求レベル、得たいもの、
方向性、それに対して今のレベル、今の声、体や声帯などにも、かなりの個人差が
あります。

 さらにヴォイストレーナーとなると、出身畑、経歴やキャリア、得意分野も
それぞれに違います。方法だけでなく、声の見方、判断の基準も違います。
まして歌となると、千差万別です。誰にでもあてはまる唯一のメニュなどないと
いうのは、一流のアーティストのトレーニングプロセスからも明らかです。現実に、
一アーティストごとに違うし、それぞれにいくつもの方法を持っているのです。

2.ヴォイストレーニングの方法、発声のテクニックについて

 自分の表現のイメージを描き、体や呼吸を鍛え、音楽を叩き込み、
内面から変わるのを待つしかないのです。すべてはそのためのきっかけにすぎません。
方法やメニュというなら、私は千も一万も考え出せます。どれがよいというものでは
ありません。相手を知らずに、これは絶対に誰でも通用するよい方法などといえる
ものはないのです。

 できないことができるようになるためには、そのギャップについて、理詰めで考え、
自分でメニュをつくるか、他のことをやっているうちに、自然とできてくるのを
待つことです。自分の心のなかに音楽を宿し熟成させることを見つめることも
大切なことです。

 入っていないものは出てこないのです。気づかないものに気づく、足らないものは
補う、入っていないものは入れる、すぐにできる方がおかしいと思いませんか。
それは無理にやって、できたと思って基準を甘くしているだけなのです。
それは、やれたのでなく、ごまかしてこなしたのです。解決したのでなく、
本当の問題に気づく機会を見逃したのです。

3.歌とヴォイストレーニングとの関係について

 トレーニングとステージとは、完全に分けてください。トレーニングが歌に
反映されてくればよいのです。(この場合、“歌”というのをどう定義するかです。
私は、歌は声の応用形の一つとしています。応用(歌)は、何も考えず
思い切ってやり、基本(トレーニング)でチェックするべきだと考えています。)

 ステージでは、ヴォイストレーニング?そんなものはないと思え、ということです。
トレーニングは、課題という目的のため、ある期間、意識的に、不自然に、
部分的に、強化、調整するために、歌は無意識、全体的に統一され、
自然になるようにします。私は、今のところ、歌と声を8~16小節フレージング
(半オクターブほど 5秒~15秒くらい)で徹底してチェックすることで、
歌とヴォイストレーニングを結びつけています。これをオリジナルフレーズでの
デッサン練習としています。

4.目的は、声や歌の判断力をつけること

 トレーニングをすれば、上達するのはあたりまえです。常にどのレベルを
めざすのか考えてください。そして、それは必ずしも歌のうまさや声のよさを
条件にするとは限らないのです。歌のうまさや声のよさと、世の中でやって
いけることとは違います。まして、高い声が出る、声量が広がるなどは、
歌がうまくなることとも違います。

 歌というのは自分が決めたとおりにしか出てきません。最終的にはあなたが
自分で判断するしかないのです。その力をトレーニング(レッスン)でつけるのです。
他人の判断に一方的に依っていくと、あなたの歌ではなくなってしまいます。

 日本人は、正しい方法で正しい発声での指導を望みます。この場合、
正しいというのは、誰か(プロ)のようにというレベルを目的にしがちです。
現実には、誰もアーティストを正しい発声などということでは評価しません。
トレーナーを利用するなら、正しく判断してもらうのではなく、そこで自分の
判断基準を学ぶことです。判断などされてしまうくらいのスケール、
テンションでは、とても世の中を切り拓けません。

5.気づいて変える

 今のあなたが、思い通りにいっていないなら、そこを変えなくてはずっと同じです。
でも、変えられる人は、とても少ないのです。その気づき、あるいは問いを与えて
くれるのが、最良のレッスンです。そして「自分が選んだ」と思ったとき、
多くの人のその決断はよりすぐれた師や世の中から、自分自身のめざす
世界から見限られているのです。

 しかし、それも悪くはありません。自分の器以上に望むことは、想像以上の
苦労を強いられるからです。やがて多くの人はそれを遂げようとはしなくなるのです。
それをノウハウや他人のせいにしないなら、まだ何とかなるかもしれません。
いつも、そこが大きな人生の分かれ目なのです。それは、才能、努力でなく、
選択のせいなのです。

 世の中には、正解が一つと思う人が多いのには、閉口させられます。
正しいやり方、正しい声、正しい歌、正しい人、そんなものの考え方、
見方ほど、アーティックなものと反するものはないのです。
 プロとして、世の中でやっていくのには、世の中に出ていない人、
何らやり遂げていない人は、私の経験上ですが、あまり参考になりません。
一つのやり方のみ、正しいという人、誰にも同じようにやらせる人
(レベルによっては可ですが)もあまりお勧めできません。

 最近、私のところには、お笑い芸人だけでなく、若い映画監督や演出家
などがきます。これはおもしろいことです。ヴォーカルとして声のまねごとの
追求より、やるべきことがあって、それをやるのに声のコントロール力が必要だと
いうことに、彼らは気づいているのです。
そういう人には、きっと自分の世界を創るのに、声が大きな武器となること
でしょう。「今の人生は自分の選択、判断の結果正誤を追うな!問いをつくれ!」と
いうことです。

6.私のヴォイストレーニングの真意

 私は、その人が音楽や舞台を続けようとやめようと、楽器以上に、
豊かな人生に声のトレーニングが役立つことを確信してきました。
その人が本当に声を磨き、鍛えてきたというヴォイストレーニングであれば、
人生が好転しないはずはありません。
 ところが、ヴォイストレーニング、あるいは声や歌の術中にはまりこんで、
うまく世の中に生かしていない人の多いのが残念でなりません。声もよくなり、
歌もうまくなったのに、それゆえ、プライドにしばられて不幸なままの人も少なく
ありません。

 声は一生使うものです。仕事でも、生活でも、多くの人にとって、声のない
人生は考えられません。(声を失った人でも、見えない声を発します。
声を伝えるというのが、ただの音ではなく、意志、心という意味で使われて
いるのが、その証拠です。)
 ですから、このマガジンで、ヴォイストレーニングに深く親しみ、何よりも
それを生かし、あなたの人生を豊かで実りあるものにしてください。これが
多くの方々の声に助けられ、これまで生きてこられた私の真の願いです。


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<「トレーナーの選択」に関するQ&A>

QVT-1.あるトレーナーについたあと、違うトレーナーにつくと、
前やっていたことが全て否定されました。

A.そこで0からやっていても、1、2年経ったらまた合わないと思い、
次のトレーナーへとぐるぐる回っている人も多いです。
 どこが最終地点というわけではありません。その問題はできるだけ
突き詰めないといけません。弁護するわけではありませんが、
どこのトレーナーもそれなりに合っている人にはメリットがあり、
合わない人にはデメリットであるということです。

 問題は、そういった結果を検証していないことです。
私が十数名のトレーナーと共にやっているのは、そのためです。
養成所などでやっていると、残った人だけができたとなり、やめてしまった
人の理由というのは、当のトレーナー本人にも、わからないわけです。
それを解消したかったのです。

 一人でやっているトレーナーのところには、伸びた人はいるが、
伸びない人は文句など言わずやめていきます。その文句は、
次のトレーナーのところで出るわけです。すると、そこのトレーナーは
うまく教えてない、とみなされるわけですが、実際はそこで伸びている
人もいるのです。

 最初は意見があっても、また合わなくなっての繰り返しになるのです。
あるいは、とても合ってうまくできたといっても、ただ、くせで固めただけの
ことも多いのです。だから、そういうタイプは、学べるための問題点を
きちっと見ていかなければいけないです。

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