第4号 2008.08.23

○トレーナーの声や歌手の声をお手本にすることについて

 コピーできるのは、あなたが素人なら、素人でもとれるところ、つまり、真似ては
いけないところの方が多いのです。感覚と体がプロのレベルでないと、見えない
ところ、聞こえないところ、つまり肝心なところは盗れないのです。
盗れるなら、同じように発声もでき、歌もすぐ歌えるはずでしょう。

 トレーナーの声の見本は、声帯や体が違うのですから、参考にとどめるべきです。
もちろん、声楽や邦楽では、徹底的に時間をかけて写しとって、同じように鍛えても、
完全にはとれないところに、個性をみつけていくという方法もあります。
しかし、トップスターのコピー方式は、二代目、三代目と器を小粒にしてしまいます。
歌手として大成していないトレーナーの声を真似るくらいなら、
一流ヴォーカリストの、声の使い方に直接学ぶべきでしょう。

 だからといって、独自の個性で売れているプロのヴォーカリストに声を学んで
どうなりますか。ファンは嫌がります。ファン以外はもっと聞かないでしょう。
一アーティスト、一声なのです。
 真似は、使いようによっては、最短の方法ともいえますが、場合によって、かなり
リスキーなやり方といえます。似ている声の歌手やトレーナーほど、真似やすいため、
上達したかのように勘違いしやすいといえます☆。

 プロ歌手は持っている声、発声(声の使い方)、声での音楽の組み立て、
少なくとも、この三つで成り立っているのです。歌は応用だから、やり方では
教えられないのです。
 すぐれたアーティストがレコードから学んだように、CDからどう学ぶか、耳の力を
つけさせることに専念してきました。聞き方が変わって、はじめて声も内から
変わるからです。

○音域や声量について

 特に高音や大きな声の見本をトレーナーがやると、それをマスターできればと
思う人が多いのですが、関係ないのです。一般の人がプロらしく聞くような声は、
いわゆる、それっぽい声です。伝えたいという気持ちや集中力なしに、
体の部分的なところで、片手間で真似られるくらい声が通じるはずはないのに、
日本人には、そういうものを声の大きさ、高さだけをみて技術と思う人が少なく
ありません。(困ったことに、現実のプロでもいますから・・・)

 カラオケ上達法としては、高音の歌手を真似るのはてっとり早い方法です。
多くの人がやっています。しかし、それでうまくできた人も、プロになれるとは
思わないでしょう。できなかった人は、トレーナーに少し細かく教えてもらうこと
でしょうが、さして効果が出ているとは思えません。もって生まれた楽器に性能の
個人差と限界があるからです。

○トレーナーに似せない、真似ない

 私はたくさんのトレーナーとともにやってきました。すると、特にトレーナーと
歌が似てくることがあります。表向きだけそうならないように、とても気をつけて
います。真似たら、悪いところだけ真似てしまうため、歌が嘘くさくなるのです。
(プロでも伸び悩んでいるタイプは、この傾向が強いのです。)
これは、ポップスでは、もっとも気をつけなくてはいけないことです。

 集団指導のメリットの一つとして、他の生徒を見て、まねを見抜く目をも
つけさせることがあります。自分の声に対する判断が、このように難しいことを
知れば、トレーナーは必要欠くべきならざる存在です。
 トレーナーの判断力を学ぶことで、自分についてもかなりの精度で客観視できる
ようになります。その判断力を求めにいくのです。もちろん、全くの初心者は、
トレーナーの発声がヒントになるし、真似から入るのも有効だと思います。

○トレーナーの基準について

 とはいえ、一人のトレーナーの見方が全ての基準ではありません。それは一つの
見方として見ておけばよいのです。多くの人は一つの見方さえもっていません。
そのために、自分自身の見方をつくるために、あるトレーナーの判断を一つの
叩き台にすればよいのです。

 選曲でも、今まで自分が歌ってきた曲を全部捨てたときに、自分から何が
出てくるのか、何が歌い出すのかということを見ていくことです。自分にしか
できないところで勝負するには、どういうメロディ、どういうことばの方がよいのか、
そういうことを見つけるために、私は、ノートに50音や練習のフレーズなどを
書かせています。それは、滑舌や早口をやるためではありません。
体と心が一致してきてはじめて、ことばや音楽も自然に処理できるのです。

 音楽を入れて、そこで歌うのではありません。心から語ってください。
これは、プロセスでなく、高度の目標なのです。
 語るということは高度なことです。ただのおしゃべりではありません。
ただ、音楽が入っていないのにしゃべっても、歌にはなりません。
歌をやっていくのであれば、こういう感覚の中から勉強していくことです。
いったいこういうものがどういうふうに聞こえるのか、他の人が読んでいるものを
もっと細かく読めるようになることからです。そして、こういう練習のとき、
トレーナーをもっとも厳しい客として想定するのです。つまり、そのトレーナーに
認められたら、世界に通じるくらいの厳しい基準を共有していくことが大切なのです。

○自らつくる努力を優先にする☆

 トレーナーが見本をみせて、「その通りにやりなさい」というのは簡単そうで、
実のところ、できることではありません。そこでできていないのに、できているかの
ように思わせていくのが、日本のトレーニングの悪いところです☆。
似ていくように思えるのは、基準が甘いからであって、全くの初心者にしか
通じません。いえ、完全に似たところで先はないのです。その結果、あなたの
本来の活きる力、創造性、アイデアや内容を殺してしまうことになりかねない
からです。

 外国のトレーナーなら、そういうことはやらせないことを、私は実に多く
日本の現場で見聞し、体験してきました。(外国人のすべてがそうでありませんが)
 たとえば、スキャットやアドリブができないということは、それだけ入っていない
のだから、入れては作る努力をさせ、待ちます。何でもよいから作る楽しみを
もって、たくさん作らせます。そのあとに、人々に伝わるものを選びなさいとなる
のです。それはよくないというのではないのです。いつもそれでは足りないと
いうことです。(しかし、この自由度を本当に使えるのに、プロ並の力や思想、
感覚がいるともいえます。)

 そうなると、最初はたくさん作らなくてはいけません。その中から自分自身で
選んで質を高めていくことができるようになることです。その辺の手間ひまを
惜しまずじっくりとかけていくようにしてください。
 そこで腰を据えてやっていくのです。そうでないものをつくってみても、
その先はやれません。たぶんトレーナーの10分の1の力もつかないでしょう。
 最近は、そういうことがわからない人が多いのが、気になってきています。
作れないからこそ、自らに深くとり、入れる必要性が出てくるのです☆。
その必要性に基づいて声も入ってくるのです。

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<「トレーナーの選択」に関するQ&A>


QVT-2.自分でトレーナーを選ぶのが本当によいのでしょうか。
トレーナーには、何年くらいつくべきですか。

A.気が弱いような人はそこを直したいと思っても、トレーナーを選ばせると、
厳しい人にはつかないのです。最初はそこからでもよいでしょう。
しかし、それではいつまでも、一生の一番の課題が、自分が選んだために
直らないというようなことになってしまいます。全ての人に、このトレーナーに
つけば絶対によくなると確信を持てるかというとさまざまです。

 ここの場合は、研究所の中だけで考えているのではありません。他のところを
紹介することもあります。ここにいるとか外にいるというように区別した考えでは
やっていません。というのも、役者や声優などにはWスクールの人が
とても多いからです。

 実際にここは続ける人が多く、業界でも在籍年数はトップだと思います。
ここを出てから、会報を5年、10年と購読している方がずいぶんといらっしゃいます。
それは勉強とともに、表現ということへのモチベーションということで続けられて
いると思います。研究所内外ということはあまり考えていないせいか、
業界でやっていく人はここを切らないで、何らかと結びつけをとっています。
そういうことをやめた人はだんだんいなくなります。いろんな生き方があると
思います。

 誰とやるか、何人のトレーナーとやるか、実際には試してよいと思います。
ある時期は、このトレーナーでやって、半年か1年やったときに見直すなど、
いろんなパターンがあります。半年、1年とやったときに、何が得られた、
何が足らなかった、では次の1年で何をやろうというように、見直していくのが
よいと思います。

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