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第11号 2008.10.11

○才能と勘

 何ごとも、才能がいります。誰でもなんらかの才能はあり、それを生かせる人生は
輝きます。それは必ずしも、この歌の世界だけとは限りません。
また、才能をものにするには、それなりの努力も必要です。
 しかし、それをとことん試すための試練も与えずに、結局、楽しくやっている
うちに歳月が過ぎ、才能がなかったと本人が諦めていく、それをトレーナーが
引導してどうするのでしょう。才能は、楽しいレッスンなどで輝くほど甘くは
ありません。当人のために、引き受けないという選択もあるべきです。

 私は、やるだけやりました。結果、才能を音楽を聴き、判断し、声にみて導く
ことに見い出せました。歌い手の話がきても、そこには私よりも才能があり、
いや、そういうことが大好きな人に委ねます。私の知人でプロ歌手として、
二番手に売れっ子だったのにやめ、プロデューサーとして大成した人もいます。

 プロ歌手として成功するかどうかなどという目的なら、やがて1000人のうち
999人が諦めます。だから、無理だったとか夢だった、運がなかった、
向いてなかったということになります。そんなことでトレーニング期間が
費やされているのは、あまりにもったいないと思います。その期間の充実が、
そしてそこに賭けたエネルギーが、あなたの人生で生きるようになっていなくては、
おかしい。もちろん、それはあなたのとりくみ次第ですが。

 歌や声は、それでやれるとか、やれないとかいうものではありません。
多くの人は、人生で命を失う日まで使います。もし、ヴォイストレーニングをして、
人生が好転しないなら、何の力がついたというのでしょう。私はそういう声の
大きな力を、誰よりも信じています。いくら声の知識、発声がうまくなっても、
結局、自分を知らずにはうまくいきません。

○体格や外国人とのギャップ

 歌での外国人との違いの何よりも大きな原因は、日本人の今の音楽が、
欧米の言語にベースをおいたものだからです。外国人は、話しているときの
声とリズムのまま歌に入っていけるのです。

 最近は、体格、骨格や背の高さなども外国人と変わらないようになりました。
きちんとした発声を身につけることができれば、同じように声が出せるはずです。
ただ、声を引き出すのは、必要性ですから、文化、環境の問題の方が大きいのです。
邦楽では、80歳でも朗々とした声を出す人もいます。

○話す声と歌う声の違い

 話す声と歌う声が違うのかという問いは、何で分けるかという基準と定義で
変わるだけです。歌は音域やリズムを生かすように、話す域よりは高めにとる
ものです。演劇の日本語は欧米からみて音楽的なものではないために、
日本語とまったく違う発声をしなくてはいけないと考えている人もいます。

 そういう人は、発声は、声が響けばよいと考えます。すると、歌っていて
何を言っているかわからない、歌(響き)に流されてしまうことになるのです。
特にこれが合唱団、音楽スクールで発声トレーニングをした人、トレーナー
などに多いのは皮肉なことです。発声トレーニングを習ってきた人ほど、
歌い方にトレーニング臭さが出ます。

 私は、トレーニングの立場からは、同じに考え、自分の声は同じに使って
いるつもりです。美しい声や共鳴より、パワフルでタフな声をトレーニングの
成果とするのは、素質より、鍛錬の力にトレーニングが負うからです。

 トレーニングとしては、日本語と違っても、もっとも有利な発声をして、
あとは何でもできて、使うときに自由に選べばよい。そうなれば、おのずと
応用力のあるものが選ばれてくると思っています。その有利な発声を深い
ポジションでの外国語(特にイタリア語)に求めるところは、声楽と同じ考え方
です。

○自分の「オリジナルの声」とは

 プロの鍛えられた声というのは、すぐにわかるでしょう。演技力の重要な
要素として、声を鍛えたのです。その結果、プロの声となったのです。
 声帯や体というのは、誰一人同じ人はいません。それぞれにめざす声も、
声の使い方も上達のプロセスも異なるといえます。そこでは、一つのトレーニング
方法が万能というわけにはいかないのです。その人によって、時期によって、
目的によって、優先順位によって、すべて変わるのです。
 しかし、多くの先達の方法や、私自身の経験、100人100様に対して、
対処してきた中から、ある程度、共通したものはあります。

 「オリジナルの声」というのは、ヴォイストレーニングに関して、私が使って
いる意味でいうのなら、その人の体(声)の原理から正しく導き出されたものです。
楽器なら、もっとも共鳴する音、何も邪魔しないで共鳴する音、そういうところが
働いて鳴っている音をオリジナルといっています。

 自分で考えて勝手に作ったような音ではありません。演奏効果として
歪(ひず)ませたような独自の音、色、タッチであったとしても、ここでは
除外します。自然な声がそのままの素の声と思われるので、造語しました。
他に「ベターな声」(今のもっともよい状態の声)、「ベストの声」
(将来の鍛えられたプロの声)とも言っています。もちろん、一般的に
オリジナリティというのは、音色や演奏方法も含めて言います。


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<「トレーナーの選択」に関するQ&A>

Q9.レッスンやトレーナーとの相性について。

A.いろんな問題があります。私は構わないのですが、いろんなところで
習われている方というのは、次のトレーナーがやりにくくなるケースが多いです。
 ここでも同じです。ここは十数名ほど声楽を中心に、トレーナーが在籍しています。
一人で私が見ているように思われがちですが、ここは組織として運営していて、
もっとも適任者が見ているのです。複数のトレーナーがつくこともあり、
いろんな問題も起きます。でも、それこそがもっとも大切なことなのです。

 自分のトレーナーとうまくやれている人はきません。ということは、
トレーナーか本人とトレーナーとの関係に問題があるのです。
 声について、もっとレベルアップしたいということで来られることも多いようです。
ヴォイストレーニングの問題としても、どの目的で、何を優先してやるかという
ことは、結構難しいことです。いろんなところで受けられたり、地元でやっている
のとも、比べています。高いレベルを目指す人や、教える体制がないところなら、
1ヶ月に2回くらいでもここを選んだ方がいいこともあります。

 それから、まだまだわからないこともあります。実際に、ここでもどのトレーナーに
見てもらえばいいのか、曜日や時間帯で決まってしまうこともあります。
どんな体制を組めばいいのかというのを基に考えます。私の場合は、ここの最高目的
に対して、自分だけではとても足らないので、研究所をつくりました。

 最初は、一人で呼ばれて、プロのプロダクションとやっていたのです。
有名な人とずいぶんやりましたが、そこだけでは本当に育たないとみて、
このように組織化して一般の人から始めたのです。

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