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第15号 2008.11.15

○声域を拡げる

  声域は、ある程度の範囲内において、生まれつき決まっていますが、
トレーニングによって変わることもあります。声域の広さや高音、低音の限界は、
持って生まれた声帯を中心に、さまざまな条件で違います。
また、単に声が届けばよいのと使えるのとは違います。どのレベルで使えるのを
声域とするかというのでも、大きく判断が違ってくるでしょう。

  普通の人の声域は、話し声では、3度から半オクターブ(欧米人は1オクターブ
ほど)歌では1オクターブからあと半オクターブくらいといわれています。
これにはかなりの個人差がありますが、歌うのには充分です。それよりも、
自分の扱える声域内でどのくらいきめ細やかに歌えるかということが大切です。

  声域を伸ばすことばかり考えている人が多いのですが、自分の持っている
声域の声を、より豊かに表現に使えるようにすることを優先しましょう。
(一般的には、低い方へ広げるのは難しいといわれています。)
変声期を過ぎた大人は、年齢とともに、声質は太く、低くなってくるものです。
この微妙な声質の変化は、その人の声の味わいを増すともいえます。

 声域を伸ばすことだけを目的としたトレーニングは、歌という最終目的から
ずれてしまうだけでなく、他のもっと優先すべき課題をなおざりにしたり、
喉の状態を悪くしたままにする危険も伴います。本番では出るか出ないか
わからない声は使いものにならないのです。

  基本的なトレーニングを積み重ねて、声そのものの質、調整能力をつけること
です。とはいえ、オペラはもちろん、原調でキーを下げない日本のミュージカル・
合唱、ゴスペル、カバーコピーなど、声域を優先されることが多いのが現実です。
こういう場合、私は声楽を一通り学ぶことを勧めています。

○裏声とファルセットとミックスヴォイス

  音声学上では、声区という考えがあり、これは低声区、中声区、高声区と三つに
分けます。低声区を胸声区、高声区を頭声区と二つに分けている場合もあります。
さらに、仮声区=ファルセットというつくり声を、その上におきます。
ファルセットとは、falsettoで、これはfalse、嘘の、間違った、偽の、
といった意味です。ヨーデルとかハワイアンでおなじみの声です。

 地声(modal register)と裏声(falsetto register)声帯はその開閉に
よって振動して、声を生じます。話しているところが、地声です。高くなると、
その開閉のスピードが高まります。その限度を超えたとき、完全に閉じずに
開くことで、振動を速くするのが裏声です。つまり、ギアの切り替えだと
思えばよいでしょう。ここでは裏声に対しての地声(表声)として述べます。
それに対し、頭声は、高音域の正しい発声によってもたらされる声の出し方と
その音質のことをいいます。その上にある男性の裏声を、ファルセットといいます。

  裏声は、声量がなく、音色も違うので、地声からうつるときに変わり目が
はっきりとわかってしまいます。これをなるべく目立たせず、うまく切りかえる
ことが、歌の流れをこわさないために必要です。声量と音色の変化を最小限に
抑えて出す声でつなぎます。

  ミックスヴォイスとは、その地声と裏声の切り替えのところの声質の差を、
目立たせない声のようにいわれます。これだけを学びたいという要望も最近は強く、
閉口させられます。地声も裏声も安定せず、体や呼吸も使えていない状況で、
この音域を(という前に、その音域も定まっているわけではないし、
まだまだ有利に変えられるのに)固めてトレーニングしても、
大して完成度として期待できないからです。

  高音、ハイトーンと同じく、本来の理想とは異なるところで早めに固めて
(くせをつけて)その後の可能性を著しく狭めてしまう危険性があります。
ところが、多くの人が急ぐあまり、そういうやり方を教えてくれるトレーナーを好み、
結局、程度の低いレベルで仕上げて、喜んでいるのです。そのために
中低音域の深い声や完全な再現性が犠牲になります。ただ中途半端な分、
あまり過度に使わなければのども痛めにくいのがメリットでしょう。
高音については、高音で筋肉を鍛えるようなやり方は、かなり恵まれた人しか
とれず、大半の人は、声をしっかりと扱うことから始めていくことなのです。

○用語の誤用について

  声区は、響きをあてるところの違いでなく、トーン(声質)の変容で
みてください。トレーニングでは、さまざまな方法や言い方があります。
  私自身は、ことばより実際に出た声からの感覚を優先させていますから、
「声区」や共鳴腔に「当てる」「響かせる」というよりも、出た声がどう
音楽を奏でているかでチェックすればよいのではないかと思っています。

 私は、声質をキープする声帯の使い方などは、理論抜きに、浅く、
広がらず、頭上から胸中のたての線上に声をとらえ、あとは、歌唱時の
フレージングの応用で判断すればよいと思っています。高音発声も
声量もシンプルに考えるようにすると、高いから弱く、細くなるのでなく、
高低関わらず、太くしっかりした声の中でとります。同音や半音違いでも、
音色を変えられるし、1オクターブ離れても同じ音色で歌えるのが理想です。

 定義によるというのは、原語と使用している実際の例が違う場合が
少なくないからです。声区はヴォイスレジスターの訳語ですが、必ずしも
そう使われていません。Keyもキィと調は別ですし、音程もインターバル、
つまり、二音の隔たりなのに、音高(ピッチ)として使われていることが多いです。
(音程を高くとか、音程が下がるとは、本来はいえない。)


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<「トレーナーの選択」に関するQ&A>


Q13.日本の業界や市場は、世界からみてどうなのでしょう。

A.まず、日本の市場について、ひとくくりに述べるのはいろんな意味で
難しいです。アメリカなどを一例としてみても、はっきりわかります。
日本で10万人のオーディションをして、1、2人素質のある子を10年
育てても、向こうのアメリカンアイドルの決勝に入ればいいというレベルでしょう。
こういう世界は、素質や才能というところで、ほとんどの事が決まっていきます。
その上にその人のオリジナリティーが出るためにレッスンが必要です。
 そういう見方をする人は日本にはあまりいないし、プロデューサーも
そんなことは期待していないように見えます。

 日本の市場として考え、そこに影響を受けているアジアの市場だけで
考えているからです。「○○さんは、アメリカにいったら、どこまでいけますか」と
よく聞かれますが、「どう考えても無理でしょう」。いってもわからないから、
向こうのオーディション番組の録画を渡して、「ここの予選で勝てると
思いますか」と。そういうのをみると、案外とすんなり、納得します。

 逆に、そこである程度、評判を得たりやれている人がもし日本人として
いたとして、日本に来たときに同じ形で、同じレベルで成功するかというと、
これも違うと思います。

 日本というのは、今や特殊なステージの作り方をしなければいけなく
なりました。それは、私がライブハウスやプロデュースに本腰で関わるのを
辞めてしまった大きな理由です。
 客の方の立場から見ていかなければいけないのは、やむをえないこと
ですが、ところが、そこで本質が失われてしまう。本来はおかしなことです。

 ヴォイストレーニングというのに、正解があるという前提で考えるのであれば、
徹底して、誰よりもすごい声、誰よりもすごい歌のベースと考えればいいです。
それがそのままプロになる絶対必要条件にならないのが今の日本です。
 だからプロになるということと、ベーシックなことをやるということも、
ダブルスタンダードで変えておかなければいけない。世界に通用する
歌い手になるために、やるという思いでくるのは歓迎ですが、そのことと
現実的に日本でやっていく活動というのはなかなか一致しません。

 年に300人も入れ替わり立ち代りがあるステージで、年3千~5千曲、
全部の歌を、私は15年ほど毎月聞いていました。その中には才能のある人も、
向こうでも通じるのに近いという人もいました。
 向こうに行ってしまえば、基準ははっきりします。日本にいたら、
そこをいろいろ考えていかなくてはいけません。
 わかりやすい例でいうと、向こうで歌っていた歌い手が日本に来ます。
するとステージが変っていきます。声の力では聞かせなくなってきます。
そういうやり方をしないと、日本ではファンがつきにくいからです。

 本来、歌というのは、それだけで完結された作品です。レベルが高ければ、
それに対してお客さんは感動するし、評価します。ショービジネスです。
 エンターテイナーとしての実力は、音声での表現力を中心とします。
はっきりいうと、音声で完結されたものとは、一方的に発信され価値を生ずる
ものです。

 こういうあたりまえのことを日本のプロデューサーにいっても、「インター
ラクティブだよ、お客さんを盛り上げてこそ、いいステージができる」といいます。
 一体感も共感も嘘ではありませんが、それはステージから動かしていく
ものです。客によってとなると、そうでないお客にはどうするんだ、ということにも
なります。客にあわせたステージになっていくから、日本では分野別の肩書きの
ついた歌手になるのでしょう。

 そこは間違いでないとはいえ、結局、日本の場合は、その感覚の方が
優先されていきます。年齢と共に声を使わなくなってきます。20代くらいで
ハードに歌ってきた人でも、30、40代で声が出ない、いや、ステージの
要求としてそうでないもので感動させたり、聞かせるようになってきます。
その辺がヴォイストレーニングをやる立場としてはややこしいところです。

 だから、こういう話は一般論ではなく、皆さんがヴォイストレーニングを
やるのに、レッスンに来たときに、レッスンの位置付けとして、どう考えるか
ということへのヒントです。自分がどう接点をつけるかが一番大切なことです。
そのこととここまでにいったことを合わせて考えてみるのです。

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