第37号 2009.04.25

○楽器プレイヤー出身のトレーナー

 ピアニストやバイオリニストなら、技術の向上が目的の達成にというのは
成り立つでしょう。いや、プロになるのに、音が自由に出せること、そのまえに
演奏技術がすぐれていること、それがそのまま必要条件になります。
もちろん、それだけで充分ではありません。
自分の演奏がプロとしてできなくてはいけないのです。
 しかし、ここで問いたいのは、プレイヤーの場合、こうしてプロに、あるいは
プロレベルに近づいているということは、まぎれもない事実だということです。
だから、プレイヤーではプロなら誰でも、アマチュアに対して技術として教えられる
ということにもなります。

  1.教えること
  2.教えるレベル
  3.身につけるべき技術

 これらがはっきりと決まっていると、プロになれるかどうかは、約束できなくとも、
少なくとも教えることで相手の上達は確実に保証できます。つまり、きちんと評価
される土俵があるからです。それゆえ、プレイヤーとして、プロになるには
とても厳しい“修業”が必要となります。
それを厳しいととるか、楽しいととるかはその人しだいです。
 これに比べると、声では、ややあいまいです。楽器がもって生まれた声帯である
から、個性差が出てきます。それは、バイオリンの楽器としての差でも同じですが、
材料と加工技術で決まってきます。

その他にも、次のような出身のトレーナーがいますが、ここでは詳細は省きます。
(参考『声優・俳優トレーニング入門』)
・声優出身のトレーナー 発音、セリフ中心
・舞台役者出身のトレーナー せりふ、表現中心、身体しぐさとの一致
・アナウンサー、ナレーター出身のトレーナー 発音、アクセント、
 イントネーション中心
・音声医のトレーナー 正常な発声と発音への復帰支援

○スクールについて

 音楽スクールとは、多くの場合、ギターやピアノを中心に開設されてきました。
ピアノやギターは、楽器を手にもった日がスタートであり、受講生は明確にレベルの
差に応じて分けられます。マニュアルや教本も完備されているので、
一から十までそれに添って教わることができます。プロである演奏者の技術を
真似ていけば、ほぼ間違いなくある程度までは上達できるのです。

 それに対し、ヴォーカルというパートは、まず、楽器である体が、ほとんど
ヴォーカリストとして必要とされるだけの声を出すことに対応できていません。
まして、ヴォーカリストのレベルをどのように判断して捉えるかは、難しいことです。
ややもすると、基本がまったくなくても器用に歌い慣れているだけの人を上級にする
ことも少なくありません。

 さらに、困難を極めているのは、誰がどのように教えるかというトレーナー選びの
問題です。多くのスクールは、音大卒業生やプロのヴォーカリストを招いています。
そのときに起こってくるヴォーカリストの特殊性からくる問題には、気づきもしない
まま、行なっていることが少なくないのです。

 あるスクールでは、「○○というヴォーカルはよいけど○○はだめ」などと、
歌手の評価があったので、私はやめさせました。それでなくともトレーナーの評価は、
トレーナー本人のやりたかった音楽に左右されます。しかもやってきたものの方が
教えやすい。というより、やったものしか教えられないものです。
すると歌謡教室になるのです。
(私は半分は新しいものに材料をとります)。業界のプロデューサーの関わるところ、
あるいは代表者がプロデューサーのスクールに多いパターンです。

○ヴォイストレーニング教室について

 今、ヴォイストレーニングの教室がたくさんできています。
プロデビューを掲げているところもあります。
「デビューさせます」という売り文句で採るというのは、おかしいのです。
デビューできる人には、プロデュースする方が、その人にお金を払ってデビュー
させるのです。もちろん、利用できるのであれば、何でも利用すればよいのです。
無料体験レッスンや見学もやっているので、行ってみるとよいでしょう。
そこが音楽スクールビジネス業界というものです。

 そこにいる先生も、その仕事で生活している以上、プロといえるのです。
生徒のレベルがよくないから、先生の才能も大して使えていないことも少なく
ありません。あなたしだいで大いに得られることもあるのです。
いえ、あなたに能力があれば、どこでも吸収できるものはたくさんあります。
安くて近くて多くの時間が受けられるのがよいという人もいます。

○外国人のトレーナーについて

 欧米には優れたトレーナーがいます。しかし日本人がそれについていけるかと
いうことになると、きちんとしたレッスンさえ成り立たないのが現状です。
私も、これまで何人かのすぐれた外国人にもトレーニングを受け、
海外の、日本人のいっている学校も見てきました。
ここでもトレーナーとして彼らを使ってきました。

 個人として能力はあります。声もよいし、歌もうまい。教える能力もあります。
しかし、自立していない日本人には彼らを使い切るために、多くの問題がその前に
あるのです。何かうまく歌える人といたら、うまくなりそうという雰囲気に甘んじて
しまうことが多いのです。すでにプロの人や十代の人には、一つの経験として
よいかもしれません。

 日本教育の中では、他の国に比べて、音声表現に対する耳、発声器官の
コントロール能力がないのです。そこを見ずしてはじめるので、多くの場合、
うわべは上達しても、残念ながら不毛です。
彼らのすぐれた才能をほとんど生かせません。


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<今週のQ&A>

Q34.私の先生は、呼吸はしぜんでよいから、呼吸法などやらない方がよいと
いいます。大きな声も出すなといいます。

A.最近のトレーナーは、呼吸法の害悪面を誇張する傾向がありますが、
呼吸はどんな分野においても、重要なポイントです。
その先生のことばは、今のあなたに対して、発声を中心にみていったことかも
しれません。発声よりも表現から考えてはじめて呼吸の意味がわかってきます。

 発声と切り離した呼吸トレーニングは、効率はよくありませんが、決して無意味
ではありません。たとえば、走っても歌はうまくならないというのは確かですが、
何もやらない人と比べたら、走ることで、声や歌の器が大きくなるのです。
呼吸も同じで、日常的な呼吸を大きくしておくことは、大きな声を使うことよりも
長い眼でみると、効果的と思います。大きな声も同様です。
必要があるなしと関係なく、大きくつくっていった方がよいということです。
むしろ、小さい声が使えるために、大きく使えるようにしておくのです。

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