読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

第47号 2009.07.18

○しぜんな声の可能性

 ここで述べる天然声は、マイクなしでは通じないことが、大半です。
ポップスはマイクを前提にしていますので、それでもよいのですが、
発声においては、少なくともマイクを使わないヴォイストレーナーのレッスンでは、
マイクをあまり考慮しないところでの完成度を目指しているものだと思えます。

 10代の玉のような声が、20代、30代で失われると、取り戻せないパターンも、
女性にはよくみられます。そういう点では、裏声に似た性質のものといって
よいかもしれません。もっとも大きな混乱の原因は、日本の歌手への歌の期待が、
音声表現の完成度よりも、それ以外のことに重きをおいているからです。
プロたる条件が、確かな発声の再現性(厳密性)に、必ずしも、いや多くの場合は、
根ざしていないからです。

 しかし、現実に対応するのも、トレーナーの仕事です。トレーナーや声楽家では、
自分の素の声や発声がよいために、表現の判断がそこでしかできない人が少なく
ありません。トレーナーだから、声だけ育てればよいという人もいますが、
表現の判断を知らないと、結局は育ちません。(若いトレーナーの大半は、
それにあたります。特に発声が伴った、素の声がよいトレーナーに限って、
表現を学ばずに他人を教えているから、大きな勘違いが、生徒に起こります。)

 天然声の人の場合、それがものになるかどうかは、高次の判断力が必要です。
私でも何ヶ月、あるいは何年かみないと、適確に判断できないこともあります。
可能性は、レッスンによって大きく変わることもあるからです。

 また、本人の希望やスタンスも無視できません。
 カラオケ教室なら、歌い方で教えればよいから、それなりにすぐにうまくなります。
ポップスのヴォイストレーナーの大半も同じようなことを行なっていますが、
それは歌唱指導というもので、私の考える、ヴォイトレではありません。
しかし、そこから導入するのも、一時的には必ずしも否定することではありません。

 そのあたりで、トレーナーは、自らの求める方向を示しつつも常に自問自答、
ときには、本人と目的や方向で価値観を照らし合わせることが必要になります。
 トレーナーの期待するように歌わせることが、仮に正解としてよいとは限らないのです。
一方、思い切って、天然を捨てさせるのも一つの判断ですが、できれば、両立も
考えておくことでしょう。

 私は声楽家に手伝ってもらいつつも、”声楽”でなく発声のクラシック、
その人の声、体に合わせて、可能性を伸ばすことを求めています。
クラシックの発声ができるようになるのはよいのですが、一方でそれを忘れて、
歌って欲しいのです。アプローチとして、感覚や体の日常レベルでのギャップを
確実に埋めていく手段として、声楽を取り入れているに過ぎないからです。☆

 のどもその使い方も、声もことばも音色もピッチやリズム感まで、
一人ひとり違うといえるほど、細かくみていきます。それを知るためには、
J-POPSのコピーやカラオケよりも、声楽がまだ分かりやすいと思っているのは
確かです。

広告を非表示にする