第66号 2010.03.27 ○アートを学ぶためのエリート教育とは

○アートを学ぶためのエリート教育とは
 
 どんな人からも、自分よりもやっている人なら、(やっていない人からでも)学べることはたくさんあります。ここからも他の人の百倍、千倍取っていった人も、ゼロしか取れなかった人もいるでしょう。
大体、とても多くのものをとれる可能性のあるトレーナーや、マニュアルからは、それを自らとれる人は限られていて、とろうとしない人は、全くとらないで終わるものです。反対に、やさしく丁寧に教えてくれるトレーナーやマニュアルは、皆が歌のうまい人の半分の半分くらいの力になるように早く、同じように育て、そこで頭打ちとするものです。アーティストの育成は前者、学校教育は、おちこぼれをなくすためもあり後者と考えてもよいでしょう。

 ただ、学ぶというイメージが、学校の延長にある多くの日本人には、前者のようなところで学ぶのは相当に難しいようです。日本の音大は、先生が教えるとおりにやらないと認められませんが、向こうへ行くと、「あなたの思うようにやってごらん」といわれ、多くの日本人は、面くらうとはよく聞く話です。
私もアートは、自由なものなのに、自ら不自由になりたがる人たちの気がしれません。そういう人は自分たち以外の才能を認められなくなるのです。このあたりは、教育の問題も大きいですね。

 たとえば、楽譜を大切にするのはよいのですが、もっと大切なのがみえないのは、困ります。
私が、サンプルだけ材料として、渡すと、必ず「曲名、歌詞、楽譜、アーティスト名を教えてください」といわれます。それを知って覚えるのが基本だと、思っているのですね。
本当の基本はもっと基本としてみえないところにあるのです。そういうふうにしか学んでいないからこそ、誰かの声が何を言っているのかわからない声、ことばからもっと大切なことをストレートに学んで欲しいから、何も言わないのです。

○インプロ
 
 以前、黒人トレーナーのワークショップを行なったことがあります。やはり、インプロから
入りました。曲を歌いこなしたらステージに立てる日本では、インプロの大切さは、気づきにくいということなのでしょう。今はプロでも、カラオケを歌う人と同じように、こなすだけになってきました。
いつでも、そのまねをするのではなく、そこに自らのものを入れて返すことです。
たとえば、会話を考えてみましょう。ずっとうなづいているだけの相手とは、よい関係は続きません。「繰り返すこと」同じことが繰り返されると心地よくなり、それから飽きてきます。
ですから、その前に絶妙のタイミングで「展開(転回)する」のです。
しかし、繰り返しが短すぎたり、少なすぎると、基調がつかめず、展開部の意味が強まらず、あいまいになります。そういうときはリピートと変化のバランスをよく感じてみてください。
指導されたことよりも、もっと深くリアリティをつかんでおくことです。

○自分を省みる

 理解できない、考えられない、感じられないなどと、自分の偏狭な考え方を他人と交えるのは、自分の存在をも揺るがせかねないし、ありのままの自分を認められない人には、不快かつ、我慢できないこともあるでしょう。偏狭かどうかも誰がどう決めるのか、ということでしょう。
ただし、結論からいうと、もっとすぐれたレベルになった自分(そうではないから、そこからくる直感)から判断せざるをえないのです。つまり、要は、イマジネーションなのです。
そこにトレーナーをセットする必要があるのです。具体的手腕をトレーナーに問うのはわかりますが、本当は自分の可能性へのアプローチを示してもらうのが、もっともレベルの高い使い方です。

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<今月のQ&A>

Q68.選曲の仕方についてアドバイスください。フレーズ練習のための、フレーズの選び方についてもアドバイスください。

A.私は次のようなものを並行して進めさせています。6曲なら、4曲はトレーナー、2曲は本人が選ぶような感じです。
1.自分の好きなもの
2.自分にあったもの
3.自分が変えられるもの、自分だけが変えて勝負できるもの
4.味を出せるもの  
こういう順で選択し、絞り込んでみてはいかがでしょう。

Q69.広告はしていないのですか。

A.最近は、ここは紹介で入る人が増えてきました。他に安く便利なところで通えるところがあれば、広告をみて、そこにいくのもよいでしょう。私どもはトップになるレベルの人と、本当に困っている人が使える、研究所であればよいと考えています。