第72号 2010.06.26 ○トレーナーの判断の違いと、複数トレーナーの必然性

○トレーナーの判断の違いと、複数トレーナーの必然性

 最初は一人のトレーナーで基礎を固め、それが身についたらようやく、他のトレーナーにというのは、声楽の方によくある考えです。昔は、自主トレも禁じて、トレーナーの前でのみ、発声を学ばせたというスタイルもありました。彼らは、目的のために、1.長期にわたり、2.集中的にトレーニングし、3.同じステージに立つ(評価が一応、基準として確立されている)という前提があります。
 これが、ポピュラーや役者にあてはまらないのは、目的も前提も個々ににあまりにも違うからです。
 プロのポピュラー歌手10人ほどの声を考えるだけで、その声や使い方のバラエティの豊かさはわかるでしょう。ポピュラーや役者の声は、声楽で定められた条件よりもずっと自由なのです。日常にも近い声です。もちろん、歌手でも同じことがいえます。多くの場合、声楽やヴォイストレーニングのトレーナーの理想とする歌手や歌唱像そのものが、コーラスの指導者と似て、現実にいる歌手とかなり異なっているのです。

 では、そういう理想的な発声のイメージで人を育てようとしているトレーナーがよいのかというと、案外とそうともいえないのです。一方、プロデューサーやアレンジャーに近い人は、作品中心で、そういう人ほど、時代の傾向に翻弄され、ヴォーカリストや役者の体やのどから考えられません。将来の可能性よりも、今の状態での使いやすい声や楽な声を選びます。日本人をみる外国人トレーナーもこの傾向が大きいです。
 また、プロ歌手出身のトレーナーは、プロであり自分の世界を確立しているがゆえに、好嫌の判断がおのずと自己肯定の方に偏り、自分とは違うタイプの可能性を否定してしまいがちです。
 
 私が多くのポピュラー歌手、役者などと巡りあいながら、今のように、声楽家中心の体制にしたのは、組織としての共同の場をもつ以上、個人の価値観や見解においての違いがあっても、オリジナルな発声づくりにおいては、認めあえる必要があったからです。歌と切り離し、声の独立性を確固としてみることのできるトレーナーであることが必要だったからです。声そのものだけで一流やプロとわかるものを示せるというのが、私の思うブレスヴォイストレーニングの目的だからです。

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<今月のQ&A>

Q80.仲間に学ぶことはできないのでしょうか。

A.よい声を持つ人、歌のうまい人は、100人に1人はいます。少なくとも、100人に1人なら、その1人がまわりに100人いるところにいけばよいのです。すると、考え方が180度変わります。なのに、皆その1人よりも、99人の方にいくのですね。不思議なことです。
 私は腐ったミカンに交わるなといってきました。類は友を呼ぶのです。今の私は他人本位で動いていますが、若いときはそんな余裕はありませんでした。
 一人でやるよりも二人でやる、二人よりも皆でやればうまくいく、ではないのです。皆とやる前に、自分でやることです。最初からすぐれた人と一対一で向き合うことが上達の秘訣です。
 自分よりやる気や熱意のない人と関わり続けるとしたら、かなりのハンディキャップになる、というか、何のための仲間かわからないでしょう。本当に、目的を遂げるための仲間かどうかは、よくよく考える必要があります。
 ただ本当にすぐれた仲間がいたら、師より学べることが大きいでしょう。

Q81.トレーナーとしてやっています。どうしても合わない人がいるのですが。

A.まず、相手の状況はすべて受け入れます。大切なのは、トレーナーも、一、二度では、相手のことがわからないということを自覚することです。
 それとともに、レッスンを受けようとする本人も自分の何たるか、自分自身の過去の把握も将来の設計も、ほとんどできていないことが少なくないのです。ヴォイトレの初心者というより、表現や自立した仕事をする初心者といえます。(そんなことでいうと、そういう条件を満たすのは、日本では3パーセントもいないでしょう)
 ともかく人間は皆、コンプレックスがあります。多くのケースでは、うまくいかない、満たされていない思いがあるのですから、そこの現状を知ってからスタートすべきです。もちろん、マイナスをゼロに戻してから、スタートしなくてはいけない人も少なくありません。表現への道は、どこかで中途半端な自尊心など、根こそぎ奪われずに超えられないのですから。