第78号 2010.11.21

・複数のトレーナーなら迷うこともありますが、そのために自分の声がわかるのです。
・代替や継続のためにも、自分のことがわかる他のトレーナーが必要に思います。
・状態(声の状態)だけでみないこと、条件でみることこそ、レッスンです。
 トレーナーにとっても他のトレーナーがつく可能性を知ると、自分勝手にやりにくいところもよい面となります。
 トレーナーには、自信過剰の人も多く、特に信用や権威のない人は、トレーナーとしての実力を認めさせるために、断定的な口調で白黒、正誤をはっきりさせすぎるきらいがあります。
初心者や素人にはそういうトレーナーの方が自信があり、信用をおけると思う人も少なくないからです。もちろん、プロのトレーナーである限り、相手を前にして迷ったり、悩んだりはしにくいでしょう。
 しかし、私はやはり、正直にどういうところで判断つかないのかも述べてよいと思うのです。いらない知識をひけらかすよりも、その人が判断力をつけていけるプロセスを歩めるからです。

1.トレーナーとしては、まず自ら声を習得していること(声ですから、一声聴いたら多くの人はわかるわけです。経歴もプロフィールもここでは不要です。もちろん、一部、高齢のためや、医者のような補助的なサポーターは、例外かもしれません)
2.他人を教えて経験をつんでいること。

 他人を教えても、教えっぱなしではなりません。楽器のようにその扱い方が、ものではないために、優れた音色や演奏ができれば、他人も教えられるわけではありません。ベテランの歌手はヴォイストレーナーの条件の一つは満たしていますが、むしろ、歌唱のアドバイザーというべきでしょう。
 また、楽器と違い、一人ひとりが全く違うので、多くのタイプの人(年齢、人種、性別、期間、目的、レベル)を教えているほうが望ましく、しかもできるだけ数多くの人を長くみている経験を求めたいものです。経験をつむことは、そこから多くのことを学び、新たに応用できるスキルに落とし込んでいるということです。
 1については、恵まれたのどや声をもつ人は歌手や役者になればよいのであり、トレーナーとしては、そうでない人を多く相手にしなくてはいけないので、むしろ、そうでなかったのにトレーニングで声を克服したり、鍛えたという人のほうが理想です。

 私はあまりにも深い声や大きな声が出なかったので、さいさんトレーニングで自分の声を獲得してきました。ただ、すごくトレーニングをしたのと、10代からそれを計画し体作りから取り組み、20代で仕上げていった点で、そうでない人に対しては、他の人に学ぶことが大きかったです。
 トレーナーはしばし、自分の天性、与えられている条件をもっていない人に対し、無力なことがあります。とくに才能に優れた先生や声楽家タイプにうまく伝えられない人もいます。しかしそういう天性のあるトレーナーでないと今度は最終目的他へのイマジネーションがもてないこともあります。
 つまり、プロや一流の人と接したり、教えていないトレーナーは、初心者ほど優しく、ていねいで受けがよいのですが、真の目的に歩ませず、結果として自分以下のレベルしか育たないレッスンになりがちです。しかし、生徒も自分のレベルに合わせて師、先生、スクールで選ぶのですから、それはそれでよいともいえます。そこで足らなければ必ず、次を求めるはずですから。人を選ぶのもまた本人の実力、才能です。

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