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2012/01/01  Q.歌唱に結びつくヴォイトレ、結びつかないヴォイトレとあるのでしょうか。

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Q.歌唱に結びつくヴォイトレ、結びつかないヴォイトレとあるのでしょうか。

 

A.ヴォイトレと一口にいっても、多種多様です。

 歌手の指導をしているヴォイトレは、歌手が相手、アナウンサーや声優の指導をしている場合は、アナウンサーや声優が相手、もっとも多い相手は、そのトレーナーの出身分野になるのはいうまでもないでしょう。

 私はさらにその基本、本当にヴォイトレ=発声の基礎と捉えています。そのためもあって、どこよりも多彩な分野の人がきています。今では歌手の先生では対応できない分野の人のほうがたくさんきています。

 私にとっては、ヴォイトレは基礎の基礎、オールマイティです。しかし、誰でも声は応用すればオールカバーで、その分、質や内容が薄くなりかねないので、独力でなく、他のトレーナー(十数名)や専門家と組んで、フォローしているのです。

声楽家が中心なのは、共鳴の専門家として言語の元となる音声レベルで行なっているからです(この「音声」というのは、私は単に声でなく、何らか伝わるもののある声、つまり意味、感情を伝えるという使い方をしています)。☆

 体のメンテナンスが万人に共通するところが大きいように、声のメンテナンスとして、歌手にも、俳優、ビジネスマン、一般の人にも共通なところにヴォイトレをおいています。

 歌唱指導には、声楽家がヴォイトレとしてはもっとも有利な位置にいると思います。それ以上に歌唱の表現に近いのは、プロデューサー、作曲家、カラオケの先生、歌手出身のヴォイストレーナーかもしれませんが、それは歌い方や歌のための声の使い方で、声そのものを育てるヴォイトレ(これは私の狭義の定義にすぎません)とは異なるともいえるのです。

 とはいえ、使い分けたらよいことで、どちらが正しいとか、間違っているということではありません。

スポーツも、監督とテクニカルコーチ、パーソナルトレーナー、マッサージ師、医者など、役割が分かれています。ヴォイストレーニングにも、私は同じ考えを導入しています。ヴォイストレーナーの場合はそのうちのいくつもを兼ねていることが多いし、相手によっても対応が異なるので混乱しやすく、その分、いい加減になっているのが現状です。それに対応するには独自にでなく、ここのように各分野の専門家を組織することが必要です。

 

Q.ヴォイトレにおいて最も正しい方法を一つだけ知りたいです。

 

A.私は、最初は一人で指導を行ないつつ、すぐに複数のトレーナーを交えて行なうことにしました。それは、単に私の手伝いでなく、私と分担したり、あるいは私抜きに任せて、どのようなプロセスでどう効果が出るのかをきちんと検証したかったからです。検証するには、自分一人でやって自己評価しているだけではダメです。

 私のやり方を他人にもやってもらったり、他人のやり方でやってもらい比べてみます。(ただヴォイトレを受けてもらうのでなく、他人に同じやり方で指導してもらうことで、検証できます。ただ、ヴォイトレでは、同じことといっても、その人なりのやり方がいろいろと加わり、変じていくのでおのずと、人を育てることにもなります。)

 これらのことは、正しい、間違いという2極でなく、変じていく、つまり応用されていくのです。改良というのはどこかが否定されたり、落とされ、新しいものが加わっていくのですから、違うやり方のようにみえることもあります。

とにかく試行錯誤を繰り返して、今、私がいえることは、「たった一つの正しい方法がある」という考えを捨てることが大切だということです。

 いろんな方法もあり、いろんな可能性もあり、いろんな人がいて、いろんな声もあり、いろんな唄もあるのですから当然ではないでしょうか。

 逆にいうと、「これが絶対だ、他は間違っている」というような人は、正しくないということです。

 

 「どの方法もよくない、方法を使うこと自体がよくない。しぜんのままがよい」という人もいますが、これもよくある独断の一つです。

 一つの方法が正しいと思うと、他の方法を否定したくなるものです。これは歌唱において、一つの歌唱を正しいとして、他の歌唱を否定するようなものです。

優れた人ならその危険性を知っているので、他の人に習ったり、多くの情報を入手することを禁じたりはしません。それに振り回されるのは、そのトレーナーや方法を一方的に妄信してしまった人です。こういう人は、一時、好きになった分、一度、嫌いになると全否定するから困るのです。

 トレーナーも方法も、あなたが自分を伸ばすために使うべきものです。それでうまくいく人もうまくいかない人もいるのが世の中です。

 うまくいかない人はトレーナーや方法の問題でないことが多いともいえます。うまく使えるようになるように努力することがあってこそ、かなうからです。

 一所懸命やると、どんなものでも役に立つものです。ただ、目的をきちんと設定して、それを第一に優先するのは、なかなか難しいことです。

 

 仮に「ヴォイトレの正しい方法」とかいうのがあったとして、それをマスターしても、「プロになる」というのとは違います。

 私がいえるのは、万人に共通の正しい方法はないし、万人に対して最も優れているといえるたった一人のトレーナーもいないということです。

 とてもよく効く薬は、誰かにはよくても、誰かには毒です。誰にでも効く正しい薬は、日常のご飯のようなものであって、大して

効きません。それで健康であるなら医者に行かなくてもよいでしょう。(ここではそういうヴォイトレもやっています。)

 

 発声や歌唱には、不毛な論議が多すぎるので、私はこの「トレ選」で正論というか、本音を述べています。

正論というのは正しい論を立てるということではなく、問題にしたら問題になるのだから、問題にしないようにすることです。そして、自分の人生においては、前向きに、現実に実現していくことに集中しなさいということです。うしろ向きになっていたり、時間が余っていると、人は他人を否定するようなことを考えるからです。そういう人に付き合っていくと、迷走することになります。机上の議論には、さっさと負けて引き上げ、人生で勝ちましょう。

 

Q.歌うと、批判ならまだしも、ときに中傷やいじめのようなことがまわりで起きます。プロになったり有名になると、さらにひどくならないかと不安です。

 

A.表現することは人に働きかけるのですから、当然、反応が戻ってきます。いや、きちんと働きかけないと戻ってさえきませんから、反応があってこそ、第一歩です。つまり、自分への批判や非難は、自分の声が届いている、影響力のある証です。相手が人生の貴重な時間を削って自分に意見してくれていると思えばよいのです。もちろん、ひどいもの、正視に耐えないものもあるでしょうから、直接的な働きかけ以外であれば無視するのは、あなたの自由です

私は、匿名の批判については、オール無視です。表現はその人の名のもとに行なうものと思っていますから、その声を受け止めることはないのです。「いつ」「誰が」の2つのことがわからないと、それについて考えても意味がありません。反論もしません。何を誰がどこでいおうと、私と同じく自由です。

 それが自分を落ち込ませたり、活動への力を削ぐというのでしたら、それは、彼らとではなく、自分自身との戦いに負けたことになります。どんな負のエネルギーでも、それが大きいほど、何くそとがんばりましょう。そこで相手になって悪口で返すようでは同じ穴のムジナです。あなたはそれを糧に成長すればよいのです。むこうはそんなことにかまっている分、大きくみると脱落していくのです。

 

 私のまわりにも一流のことや大きなことを成した人、成そうとしている人がいます。皆、あなたと比べ物にならないくらい叩かれています。あることないこと、好き勝手にいわれたり、書かれています。でも、その多くは、ねたみ、そねみ、嫉妬からです。

正義をかざしているのも大半は同じです。その大半は、あなたのまわりから出てくるのです。その活躍や成功が許せないから、引きずりおろそうとしているのです。

 日本では特に、島国根性、世間というものがあり、この傾向が強いわけです。自分の名も出さずに何十時間も悪口を連ねるような、人生のムダをできる人が、たくさんいます(その情熱を前向きに使えば、どれだけその人の人生がよくなるのかと思います。マスコミの一部もそうですね。それが商売や自分の利益になるから、非難しつつも、それで飯を食っている人たちもいるのです)。両方とも海外と異なり、匿名というのが共通です。

 超人的な才能か実力があれば、誰もが賞賛してくれるでしょうが、私をはじめ多くの人は、そんなにうまく何でもできるものではありません。私にも万能、神のようであって欲しいと願う人は、そうでない実の私を非難するのでしょう。しかし、私からいわせてもらえば少しは自分でやれよということです。サッカーや野球選手の成績の落ちたときの、ファンの身勝手さにいたたまれない気持ちもわかります。反論しても仕方ない、よい結果を出すしかないのです。

 

 あなたが表現を続けたいなら、その表現で支えられる人(ファン)を一人みつけるまでは頑張りましょう。一人いたら、100人を敵にまわしてもよいでしょう。その一人+α(次に現れるファン)のために、100人の負のエネルギーを前向きのパワーにしましょう。

 何かいわれるのは、力不足なのだと自省し、もっとがんばりましょう。私もそうして少しずつ力をつけてきました。

一方で、誰もにほめられ、あるいは何もいわれず、批判を恐れたり嫌になったりして、いつ知れずダメになった人をたくさんみてきました(それもその人の人生の選択です)。

 表現していきたいなら、もっともっとぼろくそにいわれるように、目立っていきましょう。目立つのが気に食わない人を、放っておきましょう。すると、少しずつ何かをやっている人たち、やり続けている人たちと親しくなっていけます。

まだ、あなたはそこまでやっていないから辛いでしょうが、一歩一歩、そこから抜け出していきましょう。「類は友を呼ぶ」のですから、低いレベルで争ったり気にしていては、そこから抜け出せなくなります。貴重なエネルギーと時間のムダですからやめましょうね。