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○歌手の新分類

○歌手の新分類

 

 余談ですが、歌手において、プロや職業的歌手というようなことを、歌で生計を立てているかで問うことの無意味さを以前に述べたことがありますが、次のように分けてみるのは一つの案かと存じます。

1.芸術的歌手(オペラ歌手)

2.総合的歌手(シンガーソングライター)

3.パフォーマンス的歌手

4.役者的歌手

5.タレント的歌手

6.ビジュアル的歌手

7.レコーディング歌手(流し、声優)

8.カヴァー歌手(オールディーズ)

 

 重なるところも大とは思いますが、その要素はそれぞれに次のようなことです。

1.楽器プレイヤーの演奏レベル

2.作詞・作曲・アレンジ・演奏のトータルレベル

3.振り、アクション、ステージ、ライブ

4.ことば、せりふ、雰囲気、振り、表情、アクター

5.知名度を活かして歌

6.ルックス、スタイル、ファッションを活かした歌

7.何でも声でみせられる

8.どこまで似ているか

 7は、耳へ働きかける音の力としてのプロでは1と通じますが、ラジオレコードに強い人たち、アニメソングや唱歌の歌手などが代表例です。8はややこしいのですが、日本のように外来の力(海外の流行のプロデュース)だけで成立してしまうようでは、ほとんどのポップス歌手が、ここに含まれるともみられます。

 

○歌手、役者の特異性~学ぶべきものの専門範囲がない

 

 ヴォイトレとして似ているものとして、話し(方)、日本語、外国語に関わる人、プレイヤー、役者、歌手、声優、アナウンサーなどで例にとっています。

 たとえば、アナウンサーや声優は今では少なくとも2年くらいの養成所(スクールなど)での勉強の期間が必要でしょう。私どもも、たまに滑舌や早口ことばを実習に入れますが、これは彼らの得意とするものです(つまり、きちんと習って身につけてきている)。普通の人なら2年くらいかかります。普段の生活にはない特殊な技術の一つですが、いつも早口できちんとしゃべっている人には、労せずマスターできるかもしれませんかも。技術として、日常では個人差が大きいものの一つでしょう。

1.高低アクセント

2.イントネーション

なども、標準語としての日本語(共通語)として教わりマスターします。方言も直さなくてはなりません。これは、いわゆる報道、放送のための共通の語ということになります。

 それに対して、歌手、役者はあまりスクールのようなところに行きません。実生活のなかでそのスキルを得てきます。つまり、他の人よりもおしなべて高い感性、感覚と声の調整能力があると考えられるでしょう。

 ですから、研究所にくると、プロ歌手なのに音程、リズムから徹底して基礎をやらなくてはいけない人もいます。楽譜が読めても読めなくてもプロにはなれますが、耳・声のプロセスは、欠かすことはできません。

 

 レッスンとなると、せっかくなので「レッスン=トレーニングで上達する」というプロセスを歩ませるのに、「楽譜を読めるように」とか、「楽器が弾けるように」というのを加えることがあります。音楽の世界で長くやっていきたい人には効果的です。つまり、これまで入れていなかったからこそ、入れることで大きく上達するからです。少しでも変わる可能性があればやるに値するからです。

 

○プロの条件

 

 歌手も役者も、出口は、表現力となります。そこで歌手は音楽の、役者は振り、しぐさや表情の、プロを目指さなくてはいけません。これも素人さんであってもプロ歌手以上のプロ、役者以上の役者もいるので、いくつか定義してみます。

 

 まず、プロであるからには「プロみたい」「歌手みたい」「役者だね」といわれるようではだめです。次のようなことが最低の条件となります。

1.いつでもどこでも(いろんな制約下で)最高のパフォーマンスができる。

2.不調のときにも、最低限のレベルより上で演じられる。

 そこでは応用性と再現性の2つが徹底して問われるわけです。

 心身の能力が高いことはそれを支えます。感性や視野の広いこと、即興性も必要です。考え方や振る舞い方もプロでないと、とても務まらないわけです。非日常において日常であることができるとはそういうことです。

 ですから、レッスンもトレーニングも非日常でセットしないと本当はよくないのです。日常で、ときに非日常なことをするのは素人や奇人です。プロは、日常と非日常を自由に行き来します。日常を一瞬で非日常化する力さえもつのです。

 状況対応力はプロの条件ですが、状況打破力は、一流への道、いつでも現状を自分でつくれる人だけが、生涯のプロ=一流の中の一流となれる資格を得るのです。その状況を指して、その人の世界というわけです。

 

 日本語については、私たちは日本語を大して努力せずに話しています。ただ、多くの場合、音声で放送したり演じるレベルには磨かれていないので、トレーニングが必要なのです。

 もちろん、その人の今のレベルというのも、それぞれにかなり違います。必要とされるレベル(目標)も、それぞれに違います。

 その2つをはっきりさせないと、トレーニングは曖昧になります。ですから、アナウンサー、ナレーター、声優は、目標を表現や演技で、音声で放送できるレベルに設定します。

 

○トレーナーの条件

 

 日本語を話せると、外国人に教えられるのですが、その外国人の語国語についての知識がないと効率が著しく悪いものです。そこで、日本語教師は必ず、日本語だけでなく、先方の母国語との音声での比較をして学びます。

 ヴォイストレーナーにおいても、自分がしゃべれる、話せる、歌えるだけでなく、相手がどういう状態か、それと自分を比べるだけでなく、ここがポイントかつ難しいのですが、相手の理想像のセットとアプローチが必要となります。つまり、多くの経験を他人の心身を通じて積んでおかないといけないのです。

 

 日本語教師

1.a日本語

2.b相手の母国語

3.abの比較

を埋めるトレーニング

 

 ヴォイストレーナー

1.a:自分の声と心身

2.b:相手の声と心身

3.abの比較

それに加えて

4.c:いろんな人の声と心身

5.abcの比較

6.d:相手の理想イメージ

7.bdの比較

8.そのギャップを埋めるトレーニング

知識だけでない分、複雑なのです。

 

 さて、「話」となるとどうでしょう。かつて降盛を誇った話し方教室と比べてみます。

1.リラックス、緊張緩和、あがり防止

2.スピーチやプレゼンテーション、音声コミュニケーションの技術(パフォーマンス)

3.話の構成、内容、意味(ここでは文章で起こしてもわかる部分)

 

 声もせりふや歌として使うのですから、「話」とはかなり共通します。誰でも話せるし歌えるというところに立ち返るのなら、より話せるより歌えるように、という比較の問題となります。

1.(外部)うまい人と比べる

2.(内部)前の自分と比べる

 この2つの軸で比べることが通常です。それとともに、先に述べたプロの条件、コンスタントにその力を発揮するということを目標にするとわかりやすいでしょう。

 

 話では、スピーチ、面接、司会など人前であがりやすい人なら、心身のリラックス が最大の問題になります。もちろん、プロでも状況が未知数であったり、状況が不安(体調不良、準備不足)であれば、同じことが起こりやすいです。ただ、それが外にわかるか(ばれるか)どうかということのほうが現実としては肝心です。

 そこで、次の2つを踏まえておくことになります。

1.状況

2.状態

500人の前で話してもあがりません」というために、500人の前で話す機会を与えて場慣れをさせればよいわけです。経験を重ねることで自信をつけさせるのは、さまざまな恐怖症の克服と同じく有効です。

 英語でなく英会話が苦手というのは、これに通じます。外国人とうまく話せない人は、外国語力だけでなく、彼らに接し慣れていないということも大きいのです。つまり、メンタル面の自信のなさが、フィジカルに影響して、実力を発揮させていないということになるのです。英会話学校の体験レッスンで初回は全くできないのが、45回でそれなりに話せるとなれば、それは、英会話力でなく、慣れによって変わったということです。

 こういうとき、話し方や内容を学ぶよりも、人前にただ立つこと、次に少し話すことと舞台慣れをさせていくほうが効率的なのです。これは人前で行なうことには共通のことでしょう。

 

○ピークパフォーマンスとレッスン

 

 基礎と応用、練習と本番を結びつけておくことを常に私が考えてレッスンをしているのは、そのためです。

 以前に基礎のレッスンと即興のレッスンを比較しました。いつでも、もっともよいところのみで状態を取り出すこと(ピークパフォーマンス)はメンタルトレーナーが専門とします。スポーツや歌などの人前で演じるアートでは、一つの分野といってよいほど、大きな課題なのです。

 誰にもメンタル面での落ち込みはあります。うつ病100万人の日本では、これは国民病といわれるくらいの社会問題です。意欲、モチベーションなどが関わるからです(日本だけではなく先進国では一般的ですが、日本人ほどひどくありません。先日、いきなり何百人ものまえで話せといわれたシチュエーションで、外国人と日本人との比較(心拍数)実験がTVで流れていましたが、日本人の結果は最低でした)。

 

 私は「英語耳ヴォイトレ」の執筆のときに、改めて英語でのコミュニケーションは音声の力に大きく依存するため、特にヒアリング(リスニング)と発音といった、発声、呼吸に関わるところの準備が必要な人が少なくないことに気づきました。単純にいうと、外国人の前で外国語でなくてよいから、大きい声を出せるか、あるいは強く息を吐けるかということです。

いっぺんにすべてのことを行なおうとするとわかりにくいです。ピアノの初心者は、すぐ弾くのではなく譜面読みや指の運動は、別々にトレーニングした方がよいのと同じです。表面上や結果という先のほうにばかり気がいきます。そこで直そうとして直せる人はすぐに直っています。直っていない人のケースでは、もっと根本の問題に気づき、改めなくてはならないのです。改めるというと、正しく直すように思われがちですが、むしろ、不足しているものを補うことなのです。入っていないものを入れること、気づいていないことに気づくこと、そして、感覚を変え、体を変えていくのです。ここで体を変えていくこととは、感覚を変えていくことでもあります。

 歌でいうと、音感(音高や音程)リズム感のよくない人は、間違ったところを正しい音やリズムに直すのでなく、まずは気づかせること(気づく能力をつける)、次に気づいたことをやり直し、正すことです。これを一人でできないなら、トレーナーが指導したり、判断をするのです。

 トレーナーは正誤の判断をするのでなく、その人の判断のレベルを判断することです。つまり、7音の曲を5音で捉えている人には、2つの音の存在を気づかせなくては、そこでそのときに2つの音だけ出させたところで直りません。

 リズムを間違う人の大半は、一人で一定のテンポを正しくキープできません。テンポなしに正確なリズムは刻めません。トレーナーは、その人の大まかな、あいまいな、だらしない(プロのレベルからみて)判断の基準そのものを高めて、きめ細かく、ていねいで厳密な判断ができるようにしていくのです。

 

○体と心と声

 

 私が最初の本から「方法とメニュでなく、基準と材料を与える」と言ってそのようにしてきたのはそういうことなのです。息や声は一時、表現から切り離してそれぞれ、体中心に理想に整える。しかも、息吐きなど条件をつくる、つまり鍛えるということです。英語を話すのに息を強く吐くトレーニングをしていたら、バカのようにみえるでしょうか。しかし、私はそこからヴォイトレととらえているのです。 

ですから、ヴォイトレでは

1.フィジカル、表情、しぐさ

2.メンタル、心、感情

を同時に扱っていきます。このように述べてくると、スピーチやプレゼンテーションでの疑問点や相違点もわかりやすいでしょう。

 

 もう一つ二つ加えるのなら、プロは身内でなく、第三者(初めて会う人)に通じるレベルの力、さらにプロが(ほかの分野のプロも)認めるレベルの力が必要といえるかもしれません。

 フィジカルでも、脳科学を使った画期的な方法で、画期的にうつ病認知症などが治ったなどという事例がたくさん出てきています。しかし、かつてのロボトミー(脳梁で左右脳を分離する手術、後遺症が出て→失敗)などと同じで、誰かに一時プラスであっても、その一般化については、短期的にみて肯定してよいものではありません。研究や実験は大切ですし、それで進歩していくところもあります。とはいえ、何となく客観的な評価ができるような売りに振り回される人も少なくないのは、どういう分野も同じです。まだ試みにすぎないなに、理論・理屈や検査で安心したいと、なぜか日本人も人より機械やコンピュータ、実の声よりも理論を信じるようになったのですね。どんなうらやましいような体験談も検査値も、必ずしも自分に当てはまるものではないことを知っておくことです。

 医者(というより、他人)を信頼するだけで、かなりのことは治るものであるのも確かです。医者やトレーナーを頭から疑ったり、比べて欠点ばかりをあげつらうのは、正しいことのようですが、本人の成長のためにはあまりお勧めできません。

 つまり、その人の性格や考え方が、今のその人をつくってきているのですから、一時、少なくともレッスンなどでは、我というものを一つ離して置いてみることです。他人のように自分を眺めてみられるようになることが大切です。また、そのことが芸を高める条件でさえあるのです。

 

○前向きな姿勢こそが最大の薬

 

 わがままと個性、くせと個性をわけるのはとても難しいことです。また専門家といっても本当の専門家は、何をもってどう示すのかも難問です。その人の声がよいからヴォイストレーナーとして優秀ともいえないでしょう。トレーナーの判断と自分の判断にどう折り合いをつけるのかは、さらに難しい問題です。

 折り合いを付けなくてもよいのです。全てを受け入れつつよいところを活かしていく、これが日本人の強みです。どこまでも前向きな姿勢こそが何よりも大切なのです。

 薬の利用も悪くありませんが、将来に目標を持つ、目的を立ててそこに歩むということ以上によい薬はないのです。

 科学的手法については、私は多くの情報を集めています。安易にそれを使うのではなく、それ(ここに訪れる人やその人が通うところの情報)を知っていることで相手や担当するトレーナーに安心を与えられることのほうが大きいからです。

手法が希望をもたらす点によって効果をあげるというのは、私たちの行なっているカウンセリングに通じます(そういう名で呼ばなくとも、レッスンのなかでトレーナーと話すことの大半はカウンセリングと、結果としてなっているわけです)。

 トレーナーには

1.経験がある

2.自信がある

3.ことばや手法がある

 特にことばはとても大切です。

 ここのトレーナーも、大半は歌唱芸術家ですが、ここではことばで話しかけつつも、メールで励ますことをしています。

 

声の出にくい人は、性格や考え方を見直してみましょう。すぐに変える必要はありません。変わらなくてもかまいません。自分と向かい合う、その時間と自覚を強くもつことです。今がダメで次に急ぐのではなく、今は今でよしとして、次に行けたら行くでよいのです。

 

 先にいろんな人の歌唱タイプを挙げました。どれにもなろうとか、どれかになろうとしなくてよいのです。どれもが一人のなかに混在しています。その可能性をていねいにみつめ、最大に取り出せるものを選んで変えたり、組み合わせて変えたりすればよいのです。

 一流の人が100%使っていて、私たちが3~6%しか使っていないのではないのです。一流の人も同じくらいしか使っていないのですが、彼らは自らのなすことを知り、そこに最大に集中しています。そうすればよいということです。自分を変えたり脱したりするのは、自分の限界を知ってからでよいのです。知るためには行動して壁にぶつかって、悩むしかないのです。

 大きな世界を目指したり、才能をもっている人ほど大きく悩んでいます。自分のことでもけっこう悩んでいます。それでよいのです。

 

P.S.「うつ」というのが一般化するのはかまいませんが、このことばがひびきがよくありません。「う」「つ」共に、行き詰まった音(形も)です。ア列で「アタ病」オ列で「オト病」エで「エテ病」「イチ病」とすると、だいぶ変わります。

 

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